「アサーション」という言葉をご存じですか?
私は、FBCのコーチング講座に参加して初めてこの言葉に出会いました。
意味は「自分も相手も大事にしようとする自己表現。自分の意見を押し通すことではなく、自分の要求や意見を相手の権利を侵害することなく、誠実に、率直に、対等に表現すること。」
その時は、言葉としての意味は分かるものの、具体的なイメージが出来ず、「ピンとこない」そんな感じでした。ただ、上手くこれが活用できれば、気持ちよく意見が言い合えて素敵だな、と感じていました。
我が家には小さな田圃が一つ残っていて、家族が食べるためだけに稲作をしています。
もともと兼業農家でしたが、少しづつ田圃は減り、舅の死後、夫が引き継ぐ形で続けてきました。
私も結婚してからずっと、田植えや稲刈りなど、家の行事として携わってきたので、田圃が少なくなって人手が要らなくなっても、「知らん顔はできない」そんな気持ちで関わってきました。
が、姑が年老いて、出来ることが少なくなってくると、私が代わりにしなくてはならず、時間的にも、精神的にも負担に感じるようになってきました。
私自身は、負担の増加にもやもやした想いを抱えていましたが、ずっと稲作を続けてきた我が家では、夫や私が引き継ぐのが当たり前で、そこに疑念を挟み込む余地などなかったのです。
それが昨年秋、突然、稲作継続の危機はやってきました!
稲を刈る機械(コンバイン)が壊れてしまったのです。
その時は、機械をレンタルしてもらい、なんとか稲刈りを終えたのですが、普段なら半日で済むはずが、2日もかかってしまう事態!
私たちにはそれぞれ他に仕事もあり、その後の脱穀作業にまで影響して、計画していた小旅行も諦める羽目になりました。
それでも夫は、なんとか稲作を続けていこうと思っていたようなのですが・・・
続けていくためには、機械を新たに購入するか?レンタルするか?を選択しなくてはなりません。
機械を購入するとなれば、かなりの費用が掛かります。あと何年続けられるか分からず、また、私たち家族が食べるためだけにそれだけの出費をする価値があるのか?
また、レンタルするとしても、機械の数が少ないらしく順番待ちになるようで、滞りなく稲刈りを終えられるのか?
なかなか難しい選択になりそうです。
「これを機会に、もう稲作は終わりにしてほしい!」
私はそう思っていました。
でも夫は、姑が生きている間は続けていきたいと思っている様子・・言葉の端々からそう思っているのが分かりました。
私の気持ちはざわつきました。
「時間的にも肉体的にも、精神的にも、もううんざり!」
「お義母さんを優先して、私の気持ちはいつも後回し、いい加減私の気持ちを優先して!」
口に出して言うと強く言ってしまいそうで、夫には直接言えませんでした。ただ、その想いを如何すれば良いのか?どう伝えれば良いのか?・・もやもやした気持ちで考え込んでしまいました。
それで、マイコーチに話してみることにしたのです。
「自分の気持ちを押し付けて、相手の気持ちを尊重していないように見える」
聞いていたコーチから返ってきた言葉に私ははっとしました。
その時「アサーション」という言葉が頭に閃いたのです。
姑か?私か?という問題ではなく、如何すれば夫も私も気持ち良くいられるのか?・・「アサーション」とはそういうことなんだと改めて気付かされました。
<何故アサーティブに考えられないのか?>
夫と私、姑との「長い歴史」の中で、「色々と我慢してきた私」が私の中に居て、もういい加減、私の気持ちを大事にしてほしい・・私はそう願っているのです。
それを抱えたまま、アサーティブには考えられない!そう思いました。今まで抱えてきた気持ちは一旦脇に置いて、これからの夫と私のために、今、どんな風に話すとお互い気持ちよくいられるのか?それが大事だと思ったのです。
<何故稲作を続けるのが嫌なのか?>
*頻度は少ないとはいえ、私の労力を必要とされる。
*機械の調子や天候など、読めないことが多く、時間を取られるストレスがある。
*姑の言い分をずっと押し付けられてきたように私が感じている。
<どういう状態ならば、稲作を続けても良いと思えるのか?>
*夫が自身の意志で続けたいと思っている。
(夫が好きで続けたいのなら、その意志は尊重して反対はしない)
*私が手伝うことを強要されない。
そんな風に色々と考えた末、夫に話をしてみました。
「あなたが続けたいと本当に思っているのなら、経費が掛かったとしても続ければ良いと思う。ただ、私の手助けはあてにしないでほしい。私に負担をかけないで。」
すると意外な応えが返ってきたのです。
「弟にも相談してみたけど、もういいんじゃない?って言われた。お袋が生きている間は・・って思っていたけど、もういいかって。結局、自分一人ではできないし、時間もお金もかかるし。」
結果として、私の想いが叶った形にはなりましたが、夫の言葉を聞いた時、感情的に私の気持ちをぶつけなくて本当に良かった、と思いました。
コーチングに出会う前の私だったら、「アサーション」について考えることもなかったでしょう!
自分のことは、意外と分からないし見えていないもの・・だからこそ、コーチの客観的な視点が自分を映す鏡になるかもしれません。
コーチとの対話は、自身を知り、自己信頼を高める絶好のチャンスです!
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