こんにちは。コーチングプラットフォーム認定コーチの三谷千花です。
先日、「ニーズ」をテーマにしたファウンデーションのワークショップに参加しました。
一年ほど前、同じテーマの合宿に参加した際、「だいじにされたい」というニーズが見つかり赤面しましたが、一年を経て、違和感なくこのニーズを口に出せるようになっていました。今回のワークショップでは、ほかの参加者の方のお力もお借りして「だいじにされたい」についてもう少し考えました。
自分がだいじにされているとは、どんな状態か?
言語化した状態は、好き勝手やっているけれど、居場所があること。空気のようにその場にいられたらうれしい。
話しかけたときには応じてもらいたいですが、そのとき忙しかったり事情があるなら、それを言ってくれれば、後ほど対応でも、今回は勘弁、でもよいと思いました。お互い、率直に自分を出せて落としどころが決められる、双方向であることもニーズです。このようなシンプルな関係が、私にとっての「だいじにされている状態」のようです。
いったい、このニーズはどこから来るのだろうと、子供の頃の経験が今のニーズに影響していることが多いと言われて考えてみました。両親に「だいじにされたい」と思った記憶を辿るうち、気が付きました。
だいじにされなかったから希求するのではなく、「だいじにされたい」と思わなくてもだいじにされていた頃の状態が、このニーズの正体ではないか。このニーズが完全に手に入っていた状態が今のニーズでした。
これに思い至ったとき、そりゃ無理だ、と思いました。このKikkakeブログでも触れましたが、親に反抗し、無視したり、ひどい言葉を投げつけたり、自分が20年、30年後悔し、反省しなければならなかったような言動を許容してくれるような状態が自分のニーズだとすれば、その再現はあり得ません。これがわかったとき、このニーズが「終了~」と手を振って離れていくのを感じました。
ニーズは、満たされると過去になることは経験していましたが、根源がわかることで終了することもあるのだと体感しました。
ファウンデーションでニーズを扱うと、あるときそれが自分を成長させてくれることに気付き、かわいい友達になりますが、はじめは、満たされないニーズに気付くことさえ苦しく感じるかもしれません。ニーズと軽やかにつきあえるようになるまで、私たちと一緒に、コーチング・プラットフォームでファウンデーションを学び、ニーズに向き合ってみませんか?