「こだわり」と「とらわれ」、どちらも自分の中にある大事なもののように見えますが、人間関係がこじれたり、自分を追い詰めたりしてしまう背景には、この二つが知らないうちに入れ替わってしまうことがあります。コーチングの場では、そこに気づいた瞬間から、クライアントの表情や声がゆっくりほどけていくのを何度も見てきました。
■こだわりは、その人を支える“軸”
現在、私がお話を聴くクライアントの多くが、医療・介護の現場で働いていらっしゃいます。
仕事に格別強い信念を持って向き合っておられることが特徴だと感じています。
あるクライアントの心情は、日頃から「その人らしさを大切にするケア」することでした。
表面的なデータだけで判断しない。
相手の気持ちや尊厳を何より大切にする。
その姿勢は周囲からも評価され、ご本人の仕事の質にも深く根付いていました。
まさに、そのこだわりは、プロとしての「軸」そのものです。
しかし、こだわりが強くなるほど、チームとの間に摩擦が生まれるようになっていきました。
「なぜご入居者さまの要望を聞いて個別のケアができないの?」
「これでは気持ちに、まったく寄り添えていない!」
言葉はいつしか「指摘」や「批判」の色を帯び、仲間との距離が広がっていきました。
■こだわりの奥に潜む「とらわれ」
時間をかけて振り返っていくうちに、そのこだわりの奥に、こだわりとは異なる感情が見えはじめました。
「自分の都合で動くのではなく、相手の想いをしっかり受け止めるべきだ」
「働く側の都合を普通相手に押し付けるべきではない」
「中途半端な関わりは、自分の誠実さを裏切るようで怖い」
過去の経験から生まれた前提や思い込みが、ご自身の仕事観と絡まり合っていたのです。
「こだわり=自分らしさを守るための価値観」と「とらわれ=自分を否定されないための防衛反応」が混在し、こだわりを守ろうとするほど、むしろ周囲との対話や協働が難しくなっていました。
そこで私はこう問いかけました。
「あなたの大切にしているケアを、チームとして実現するとしたら、どんな関わり方ができそうですか?」
「一人で抱え込まない、他の選択肢があるとしたら、どんな働き方ができそうですか?」
静かに考えたのち、こんな言葉が現れました。
「私は、こだわりを守るために周りを遠ざけていたのかもしれません。」
その言葉には、深い気づきと、少しの安堵が混ざっていたように私には届きました。
■とらわれがほどけると、人は「関われる」ようになる
数週間後、彼女はこんな変化を話してくれました。
「後輩に、自分の考えを“伝える”のではなく、“共有して相談する”ようにしてみたんです。すると、思っていた以上に同じ価値観を大切にしている人が多くて…一人じゃなかったんだ、って思えました。」
こだわりは、他者と分かち合った瞬間に“共通の方向性”になり得ます。
しかし、とらわれの中にいると、自分のこだわりを守りたいがために他者を押してしまい、その良さがチームに伝わらなくなる。
とらわれがほどけた彼女は、こだわりを“武器”ではなく“言葉”として扱えるようになりました。
その変化は小さなようでいて、チームの雰囲気を穏やかに変えていく大きな一歩でした。
■こだわりを生かし、とらわれを手放す
コーチングが支援できるのは、人のこだわりを尊重しながら、その影に潜む思い込みをていねいにほどいていくプロセスです。
こだわりは人を導き、
とらわれは人を縛ります。
大切なのはどちらかを手放すことではなく、
自分の中で“仕分ける”こと。
その仕分けが進んだとき、人は驚くほど自由に、そして自然体に他者と関われるようになります。
これからコーチングを学ぶ皆さんにも、ぜひこの“境界線”を繊細に扱いながら、人の可能性が開く瞬間に寄り添ってほしいと思います。
こだわりが本来の力を取り戻すとき、人は必ず前へ進み始めます。