誰かの役に立ちたい、そう思って良かれと思って行動したのに、相手に断られた経験はありませんか? 特に、リーダーやアシスタントとして人をサポートする立場にあると、「私が何とかしなければ」という気持ちが強くなりがちです。

コーチングのアシスタントとして学んだ「真の傾聴」の教えが、職場の後輩との対話で試された実話をご紹介します。私が手放した「役に立ちたい」という執着と、相手の自律を尊重することで得られた、心からの喜びについて綴ります。


・知識の獲得から「行動の実践」への問い

コーチングのアシスタントとして深く関わる中で、私は、知識の獲得以上に、「その知識を実際の行動にどう落とし込むか」という根源的な問いに真剣に向き合うことになりました。学んだ教えを実践し、それが現実の人間関係で真価を発揮する瞬間に生まれる喜びこそが、私の成長の源であると確信しています。

・ 沈黙を恐れ、自分のパフォーマンスに意識が向いていた過去

以前の私の心の中には、「もっと優秀に見られたい」「自分がこの場をコントロールしなければ」というエゴが存在していました。対話の場で沈黙が生まれると、「間があると自分が何かを言わなければ」という焦燥感に駆られ、相手ではなく自分のパフォーマンスに意識が向いていました。その結果、真の傾聴ができていなかったのです。

・コーチの土台、自己基盤(ファウンデーション)の真意

真に傾聴し、人の役に立つ時間(サポート)を創り出すためには、このエゴとプライドを脇に置くことが不可欠でした。コーチングで磨く自己基盤(ファウンデーション)とは、まさに「コーチ自身の土台を整え、ぶれにくく安定した存在として成長し続けるための」重要な取り組みです。それは、利己的な野心(エゴ)に振り回されないよう自らを律するプロセスに他なりません。

・ 傾聴の真髄:「他には」に込められた愛の招待状

アシスタントとして参加する過程で、私は傾聴の真髄である問いかけ、「『他には』」に込められたメッセージの深さに、先輩コーチの発言から気づくことができました。当初、これは単なる形式的な質問だと捉えていました。「話し手は話しやすい話から入るので、『他には?』と聞くべきだ」くらいの理解でしかなかったのです。

しかし、実際には、「これで終わりですか?」という事務的な確認ではありませんでした。それは、「私はあなたの話をもっと聞きたい」「もっと聞かせてほしい」という、深く温かい「愛の招待状」だったのです。相手の存在を丸ごと受け止め、心の奥底にあるものを引き出そうとするこの姿勢こそが、真のコーチングスタンスだと腑に落ちました。

・ エゴが試された瞬間:後輩からの「提案の拒否」

そして、この学び「エゴとプライドを脇に」が試され、結実したのが、職場の後輩と一対一で対話したときです。

以前から気にかけていた、「うまくいっているとは言い切れない後輩」と深い話をする機会がありました。彼は人からの評価を気にしすぎる傾向があり、自らを守るために他責的な言動があるように感じられました。私は彼を助けたいという善意から、定期的な関わりを提案しました。

しかし、彼はその提案を断りました。彼は、「自分の意志でなく、他人から言われたことで、続けられたことは一度もない」と、はっきりと言い切ったのです。

もしエゴが前面に出ていた以前の私であれば、「貢献したい」という傲慢な感情や、相手を理想の状態に導きたいというコントロール欲求に突き動かされ、断られても無理にでも関わり続けようとしたかもしれません。

・自分の「役に立ちたい」という執着を手放した一瞬

この時、私は、彼の選択を尊重し、潔く引き下がったのです。これは、自分の「役に立ちたい」という執着を手放し、相手の自律的な境界線を丸ごと受け入れた瞬間でした。知識を、現実の行動に移すという学びの真価を、私はここで発揮することができました。

この経験は、私がアシスタント経験を通じて得た傾聴や自己理解の学びが、「ただの知識」ではなく「生き方」として根付いたことを示しています。真に傾聴するとは、単に耳を傾けるだけでなく、他者の意志や境界線を丸ごと受け入れるキャパシティを広げることなのだと。

・ 実践の喜びこそが、継続的な成長へのエンジン

「学び」が、現実の難しい局面に遭遇した時に適切に実行できたとき、それは心からの喜びとなります。この実践の喜びこそが、これからも私を継続的な成長へと導いてくれると確信しています。
コーチングプラットフォームはそういうことが体験できる土台となってくれる場所です。