「人生100年って言われても、正直、うんざりなんです。」
静かに、けれど確かな熱を込めて、60代のクライアントがそう口にしました。役職定年を終え、今は週3日の非常勤で働きながら、自分のこれからを模索している最中です。家族との関係も良好で、健康状態にも特に不安はない。それでも、自分のこれからに重苦しい迷いを感じていました。

「夢とか目標とか、持たなきゃいけないんでしょうか」「周りから何か始めないのかと言われるけど、正直、そんな気力はないんです」
その言葉には、今の時代特有の「目標疲れ」がにじんでいました。この「目標疲れ」とは、仕事や学習、育児などの目標達成に疲れ、「何がしたいの?」と問われること自体に疲弊してしまう状態を指します。特に20代から40代の若年層に多く見られる現象です。しかし、目標やありたい姿を語れない自分を否定的に捉えてしまうこの感覚は、いまやシニア世代にも広がりつつあります。
「いくつになっても、何者かにならなければならない」というプレッシャーにさいなまれ、「今の自分のままでは不十分だ」と無意識のうちに感じてしまう。その感覚が、焦りや不安のもととなり、本来の自分の声、つまり「自己源泉」に耳を傾ける余裕を奪ってしまうのです。
私はクライアントに、こんな問いを投げかけました。
「もし、これからの人生に目標を見つける必要がないとしたら、どんな一日を過ごしたいですか?」
しばらく沈黙のあと、彼はこう答えました。
「そうですね。意味がなくても、庭に野菜を植えたいですね。毎朝、水をやって、季節が移るのをゆっくり見たい。」
そのとき、クライアントの表情がふっと緩みました。目標を掲げることではなく、すでに自分の中にある「好き」や「充実感」に気づいた瞬間でした。

コーチングとは、無理に夢を追わせるものではありません。むしろ、「何者かになろうとしなくていい」という安心を提供する営みでもあります。その安心の中でこそ、人は本当の意味で「自分」に出会うことができるのではないでしょうか。
夢や目標を持つことは、もちろん素晴らしいことです。けれど、それらが必ずしも遠くにある必要はありません。人生100年時代のコーチングに求められるのは、次なる目標達成への伴走に加え、「今ここにある静かな満足」に光を当てるアプローチだと、私はあらためて感じています。
そして、それはシニア世代に限った話ではありません。年齢や立場を問わず、私たちはつい、「成長し続けなければならない」「意味ある人生でなければならない」と思い込んでしまいます。しかし、「しなければならない」を生み出す借り物の自己源泉ではなく、「したい」というささやかな感覚を生み出す、本物の自己源泉こそを、誰もが大切にできればいいと考えています。
がむしゃらに「人生に意味を持たせる」のではなく、「意味がにじみ出る日々を生きる」。
コーチとして、私はそんな在り方を大切にしています。
もしあなたが、「これからの人生、何をしたらいいかわからない」と感じているなら、それは無理に未来を探しにいくサインではなく、今の自分と静かに向き合うタイミングかもしれません。
目標も、夢も、答えも急がなくていい。ただ、自分の声に耳を澄ます。それが、自己源泉への第一歩です。
そしてその旅路に、コーチングという灯りを持ち込んでみてほしいのです。
コーチングは、誰かの人生を変える特別な技術ではなく、自分自身との対話を深めていくための、静かな力です。

一人では見つけにくい本当の自分と出会いたい方へ。
一緒に、コーチングについて理解を深めていきませんか。
その先に、あなたらしい人生の輪郭が、きっと浮かび上がってきます。