こんにちは。コーチングプラットフォーム認定コーチの三谷千花です。今回は再び、「未完了」について書きたいと思います。

故郷に住む80代後半を迎えた両親は、老々介護で、父が、よちよちつたい歩きになった母の面倒を見ていました。この状況なので、私も最近は、できるだけ帰省するようにしていました。

帰省すると、家事全般をします。その中で、一番時間も手間もかかるのは食事でした。一日に3回、朝食を終えたと思うと昼食、終わると夕食の用意です。買い物も、車が必要な田舎です。

帰省中、私が料理をしていると、狭い台所のテーブルに、父が来て座ります。ほぼ毎回です。私は父が、やることがないから、そこへ座って、ぼーっとしているのだと思っていました。普段離れている娘を見るのは飽きないのかもしれないとも思いましたが、雑な料理でもあり見られているとやりにくく、「食事ができたら声かけるから向こうへ行ってて」と言っていました。父はいつもすぐには動かず、何回か言うと居間へ移動しました。

先日、父が他界し、ふとこのことを思い出したとき、もしかしたら父は、私の料理のプロセスを見て、自分が料理をするときの参考にしたかったのではないかと思いました。母が倒れる前は、インスタントラーメンぐらいしか作ったことのなかった父です。

それまでは、まったくこのことに思い至らず、父の考えを訊くこともしませんでした。気付いていれば、一緒に料理をしようと声をかけることもできましたし、父は、娘と一緒に料理をするのが楽しみになり、私の帰省をさらに喜んでくれたかもしれません。

先日参加したワークショップのテーマが「未完了」で、参加者同士での10分相互セッションがあったのですが、そのときは、まだあまりに近すぎて話せませんでした。

未完了は、完了させるか、未完了リストからはずすか、保留にするか等を選択します。いずれにしても取り出して眺める、あるいは向き合うことが必要です。

今、ここにこのことを書くことで、永遠に完了させることができなくなってしまった未完了を取り出し、眺め、向き合うことができたように思います。このことを聞いたら、父は笑ってくれると思えました。

ファウンデーションを共に学び、見守ってくれるこのコミュニティのおかげで、別の意味で完了できそうです。