コーチングプラットフォーム認定コーチの、岸直子(きしなおこ)です。

今回は、コーチングプラットフォームの自己基盤(ファウンデーション)コースで学んだことがきっかけで私に起こったある変化について書いてみようと思います。

母と私

私は中学生くらいから母とどこかうまくいかず、大学2年の時に母から離れたくて一人暮らしを始め、その後実家に戻って暮らすことはないまま社会人になりました。その後結婚・出産を経て自分自身の家族との暮らしが中心になるうち、年数回実家で兄家族と一緒に集まる以外は物理的にも心理的にもどこか距離のある親子関係がずっと続いてきていました。

あきらめリスト

自己基盤コースのプログラムの中で、自分の中にある「とらわれ」をテーマに学ぶ時間がありました。そこでのセルフワークで作った「あきらめリスト」に書き出したたくさんのことのひとつに、心にひっかかったまま手をつけずにきた母との関係のことを書いていました。でも、何かすぐに取り組もうとまではまだ思えず、そのままになっていました。

全プログラムを修了したちょうどその頃、86歳の母はパーキンソン病と認知症が急激に進行し、長年一緒に暮らしてきた父と離れグループホームに入居しました。

毎月1,2回、1回30分限りの面会で少しずつ会話のキャッチボールが難しくなっていく母と接するたびにあの「あきらめリスト」が頭に浮かびました。そのうちようやく「母との関係にもう一度向き合う時は今かも」と心が動き始めました。

過去と向き合ってみて起きたこと

まずは自分の心の奥で閉じていた蓋を開けてみようと決め、母との間で起きた“負の出来事”を子どもの頃にさかのぼって付箋に書き出してみました。

記憶をたどると、胸がチクチクしたその時の感覚と共に出てくる出てくる。その時の光景までけっこう覚えていました。

もうこれくらいでひととおり出しきったかな、と何枚も重なった付箋をめくりながらあらためて、「今現在の私」の目で見ていきました。すると、そこにかつてあったはずの負の感情がゆっくりと薄れていくような感覚になり、今度は母との懐かしい記憶の断片がひとつ、またひとつと蘇ってきました。

リビングで母がたどたどしく弾くピアノに合わせ大声で童謡を歌ったこと、川の土手でヨモギを摘んで一緒に草餅を作ったこと、ママチャリで夕陽に照らされながら下り坂を爆走したこと…

そのときやっと「私はこんな大事な思い出までひとまとめにしまいこんでいたのだ」と気づき、涙があふれました。

自分の中で長年の「とらわれ」が解け始めたのを感じた瞬間でした。

「ありがとう」と言えるようになった私

それ以来、面会時間が終わる前にいつも母の手を握り、こう話しかけています。

「お母さん、私ね、お母さんに感謝してるのよ。お母さんのおかげで私はいまこんなに元気に生きられてるから。お母さん、ありがとうね。」

私の「ありがとう」が今の母にちゃんと届いているかは正直分からないですし、届いてもすぐに記憶から消えてしまうだろうと思います。
それでも、母の手にぬくもりを感じられるうちに「ありがとう」と言える自分になれて、本当に良かった。

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