こんにちは、コーチングプラットフォーム認定コーチの富永です。
突然ですが、あなたには、ぎゅっとしてあげたくなる過去の自分がいますか?
先日、あるコミュニティで、幼少期の自分を振り返って言語化する機会がありました。
それぞれがあまり触れたくない当時の「痛み」を、
おそるおそる振り返りながら、あの時のできごと、気持ちを少しずつ言葉にしていきました。
思い出して思うのは、
「つらさ」を言葉にすることができず、
平気なフリをしたり、隠したり、自分の気持ちをごまかしていた。
ごまかしたくてごまかしていたわけではなくて、
「つらい」と認めてしまったら、立っていられなくなってしまうような気がしたから。
あの頃の私にとっては、それが唯一の術だったのかもしれません。
でも本当は、小さな私は——
「大丈夫?」って誰かに心配してほしかったし、
「つらい」って、叫んでしまいたかった。
仲間と語り合う中で、
「私たち、がんばって生きてきたよね」
「よくやってきたよね」
最後にはこんな言葉が自然とこぼれていました。
長い時間を経て、ようやく小さな私を「よしよし」してあげることができた感覚です。
この経験をコーチに話すと、こんなことを教えてもらいました。
心がざわざわするとき、それは今の私ではなくて、
あの頃の私がひょっこり顔を出しているのかもしれない。
だから、過去の未完了を今でもいいから話してみようと。
今までの私は、極限まで我慢してしまうことが多かったです。
「つらい」と言葉にせずに、我慢で乗り越えてきたというのも理由にあるかもしれません。
また、自分が大変な時に相手から「大丈夫?」と心配されないと、
すごく落ち込むこともあります。
でもそれって、過去の未完了が置きっぱなしになってる状態だったのかも。
過去は変えられないけれど、
あの時言えなかった気持ちや言葉に、耳を傾けて、
「がんばったね」とぎゅっとしてあげたい。
あなたにも過去の未完了が心をざわざわさせているなら
そっと耳を傾けてはみませんか。
こうやって自分自身と向き合い続けられているのも、
ここでの学びがきっかけになっています。
この記事が、どこかの誰かの心にそっと届き、
小さな一歩のきっかけになれば嬉しいです。